2011/05/31

台風

5月31日(火)

今日は午前中が議会運営委員会がありました。と言っても、各会派の代表者が集まる会議なので、私はインターネットで聞いていただけですけど・・
昼からは広報委員会の第一回目の会議がありました。定例会とほぼ平行して原稿依頼や原稿の締め切りがすすめられて行きます。経験者が3人も入ってくれているので助かっていますが、結構ハードな委員会です。

帰りに酒井議員と一緒に、加茂の勝手神社へ地滑りの様子を見に行ってきました。日曜日の台風の影響のようです。

週末は、土曜日に長男の友達が泊まりに来ていて、日曜日の朝「台風の割に雨ましだね」って言いながら学校へ部活をしに行き、ほとんど着いてすぐに警報の為に帰宅。当日はきつい雨が降っていたものの、その日はあまり気にせずにいました。
勝手神社の境内


急な階段を上りきるとブルーシートが目の前にあり、びっくりします。塀も斜めになっていて、酒井議員が塀ごと倒れるんじゃないかと思うくらいでした。

村城さんから当尾も地滑りした場所が有ると教えてもらったものの、今日はもう見に行くことが出来ませんでした。

2011/05/25

マニフェスト

5月24日(火)

今日は参加しているボランティアサークルの会議が有りました。会議と言っても「世話人会」みたいな感じです。
その中で今回の市長のマニフェストについて意見が出されました。

マニフェストの中の一つの「子育て・教育 ①子ども達の健康を守ります 医療費負担の軽減 小学校高学年の医療費負担の軽減を行います」   ??

「小学校の低学年はどうなるの?」「軽減って、どの程度の事?」「議会では『小学校卒業まで無料』で請願が採択されたよね。なんで軽減?」みんなのストレートな意見です。全ていろんな風に読み取れるのが、政治家の文章力なのでしょうか。

6月定例会で市長から、これからの市政を進める為の具体的な方針も出されると思います。その時に議員の姿勢も示されます。みなさんの木津川市、合併して5年目の市政が本格的に始動します。



ちょっと前に撮ったわが家のペット(?)

2011/05/22

お寿司

5月22日(日)

今日は長男にせがまれて、お寿司を食べに行ってきました。いつもはすぐ近くの回転寿司に行きますが、今日は奈良市内にある回転寿司に行きました。

込むと嫌なので少し早めに行きましたが、やはり日曜日なので、お客さんも家族連れが多く、あとから結構込んで来ました。

他のテーブルでは可愛い声でお寿司の注文をして、受け取る時に「ありがとう」と聞こえてきます。長男に「あんたもありがとうって、言いや。小さい子はやっぱりかわいいな」と、話していました。
夫とお互いにブログ用にお寿司の写真を撮っている
帰りにレジで会計を済ませていると、長男に「西山さんって言ってはったで」と言われました。見ると梅美台のHさん家族。「おめでとう。忙しいでしょ。これからもがんばってね」の優しい言葉と、さっきの可愛い声がHさんの子どもさんの声だと気づき、ほんわかとした気持ちで帰ってきました。


2011/05/21

義父

5月21日(土)

選挙の間、義母に泊まり込みで手伝いに来てもらっていました。
3年前に義父が死んでから、普段は京都市内で一人暮らしです。距離的には近いけれど、子ども達が大きくなるにつれて時間が合わないので、以前のように私たちが何日も泊まり込む事が無くなりました。

義母にも立候補の事は全部決めてしまってからの「事後報告」でしたので、とても驚かれてしまいました。「私は政治の事がよくわからないけど、きっとお父さんが生きていたら、喜んでいたかもね」

亡くなった義父は、政治の話が大好きでした。難しい話を良くするので、家族のほうは少々うんざりしていたかも・・
亡くなる前の数年間は、体力も落ちて来ていて入院する事も多くなっていましたので、会いに行っても、そんなに長く話をする事もなくなりました。もしかしたら、一番ほっとしているのが亡くなった義父なのかも知れません。

また義父に報告の墓参りに行かないと行けませんね。

2011/05/15

「わしも死の海におった」上映会

5月15日(日)その2

今日の午後は「木津九条の会6周年記念 DVD上映会」に行って来ました。
1954年3月太平洋のビキニ環礁での水爆実験の追跡調査をしていくと、実は「第5福竜丸」だけが被ばくしていたのではなかった事実がわかります。
高知県の山下さんの25年間の追跡調査や、アメリカが隠していた「死の灰」の事実など、南海放送が制作したドキュメンタリーのDVDです。

見終わったあと子どもの頃の記憶がよみがえりました。梅雨の雨には放射能が含まれているから雨に当たったらだちかんよ・・亡くなった富山のおばあちゃんに小さい頃そう教えられました。
言われた時は意味がよく分からなかったのですが、DVDの中で、ビキニ環礁での6回の水爆実験による放射性降下物が梅雨時の気流の関係で日本にも運ばれて来て大騒ぎになったと知り、きっとおばあちゃんはその事を言っていたんだと思いました。
おばあちゃんはすでに高齢でいなかの人だったから、ニュースの事を覚えていて、梅雨になると放射能の雨が毎年降ると思いこんでいて、孫の私にも気をつけるように言い含めていたのではないでしょうか。


10日の「古典教室」での不破さんの講義のうち、原発災害に関する部分が14日付の赤旗日刊紙に載りました。しんぶん赤旗から検索して5月14日を探すと掲載されています。ぜひ読んでみて下さい。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-05-14/2011051401_04_0.html


子育てサークル

5月15日(日)その1

今日は毎年恒例の、畑の学校・川の学校に参加してきました。今年で4回目になり、参加人数はスタッフ・親子含めて100人ほど。今回もケガもなく楽しく過ごせてもらえたのが一番ほっとします。

最初は畑の学校でさつま芋の苗植えをします。畑の下準備はほとんど田中さんがして下さっているので、みんなで苗を植えて水をかけて・・という感じです。
そのあとはすぐ横の新川で川の学校のスタート。とても良いお天気で、最初は「水が冷たい」と言っていた子ども達も元気に川遊びをしていました。

みんなで魚取り

今回は申し込みも多く何組かお断りしたくらいです。木津町や山城町でも畑などの提供が有れば、同じような取り組みが出来るのではないかと思いました。





2011/05/10

久しぶりの古典学習会

5月10日(火)

今日は選挙の為に3・4月はお休みになっていた「綱領・古典学習会」が再開されました。
7時から村城さんの家に集まって、インターネット視聴で不破さんの「古典教室」マルクスの『経済学批判・序言』が始まりました。

ただし最初の1時間は「原発災害を考える」—ここの部分は、一般の方達や学習会に参加していない方達にもぜひ見てほしいと心底思いました。

『使用済み核燃料』よく耳にするこの言葉。このところあまりにもよく耳にしたり、目にする事で、私たちが慣れて来てしまっているのではないでしょうか。
『使用済み核燃料』『核のゴミ』 これらは未だに人間が制御できない一つの“核兵器”です。不破さんの言葉で、改めてその恐ろしさを知り、原子力発電所の中に隠されている「ヒロシマ・ナガサキ」の存在を思い知らされる学習会でした。

今、本当に「フクシマ」が残す未来を考えないといけない。そしてみんなの力で「福島県」に戻す事に全力を挙げなければいけない。何万年も放射能の恐怖を抱えたままの未来を残してはいけないと強く思いました。



2011/05/08

ご苦労さん会とわらび

5月8日(日)

今日は京都選挙ご苦労さん会&かわさきゆたかさん・平和のうたごえコンサートで、南山城村の童仙房に行って来ました。童仙房の名前は知っていたものの、初めて行く場所です。

みなさんと手伝いながら、バーベキューと山菜料理などなど、美味しくいただきました。かわさきゆたかさんのトークと歌を楽しんだあと、山菜摘みに行きました。
日当りがよく伸びてしまった場所
 山小屋の回りでも、結構採れましたが、もう少し欲しいとの要望があって・・

そこで、車で2・3分程走って連れて行ってもらいました。その場所には、たくさんのわらびが一面に有ります。みんな子どものようにはしゃいでいました。
中でも一番嬉しそうだったのが村城さんです。たくさんのお土産です。

帰りに大植のぼるさんからも憲法前文と九条を書いた扇子をいただきました。この夏は優雅に扇子を使って「節電」です。



私に出来ること

5月7日(土)

「浜岡原発、全原子炉停止を要請」
東海地震の震源地の中心に位置するとされている「浜岡原発」の停止を菅首相が中部電力に要請しました。30年前にすでに不破哲三書記長(当時)が「地震に関して一番ひどい地帯に原発を置く政府や企業は世界に存在しない」と追及していた場所です。

いつも思うのは、日本は安全と言い続け、何か事故が起きてからしか対策を取らないという事です。そしてその被害者は大変な立場に立たされる、家族や回りの人達が悲しい思いをする、という事です。

身の回りの事でいえば、例えば子ども達の通学路の事。歩道がなく、車の通行量の多い場所が通学路指定されていたりします。近所の方達が毎朝ボランティアで見守ってくれています。「道路の拡幅・歩道の増設(延長)・安全面の確保」を毎年のように要望しますが、現状のままです。あるお母さんが「誰かが事故に遭わないと歩道が出来ないのかな・・」と言われました。とても悲しい言葉でした。

原発中止については、代わりとなるエネルギーの話や電気の使い方など、議論を進める事は大切ですが、日本列島は地震国だとの認識を深める必要があります。
そしてこれからの季節に向けて、快適性だけを追求するのではなく、グリーンカーテンなど自然の力を利用しながら節電を心がけるなど、私たちに出来る事はたくさんあります。日本全体で未来の事を含めて、真剣に考える時期ではないでしょうか。

2011/05/05

こどもの日

5月5日(木)

今日は親も子どももさしたる用事がなく、久しぶりにゆっくり朝寝坊。
ところがえらいもので、一度はいつもの時間に目が覚めます。そこを頑張って「せっかくの寝坊できる日」だからと二度寝。寝るのにも結構体力が要ります。だんだん腰が痛くなってきて、起きることになり、遅めの朝ご飯とメールチェック。後援会ニュースの原稿が宮嶋さんから届いていました。

今日もいつもと変わらずわが家の子ども達はマイペースです。おかげでご飯だけ用意しておけば、私も用事を済ませることが出来るので助かっていますが・・


午後、地区委員会で後援会ニュースを印刷してから、帰り道に和菓子屋さんでちまきを買ってきました。

「あとで食べようね」「もう少し早く帰って来たら?せめておやつの時間に間に合うようにとか」
「・・・」

『小さい時はもっと喜んでくれたのに』と、心の中でつぶやきながら、対等に話せるようになったことも無事に成長している結果だし感謝かな、と思う母でした。

明日からいよいよ忙しくなります。みんなの無病息災を願いながら、ちまきを食べました。



2011/05/03

憲法記念日

5月3日(火)

今日は憲法記念日。各地でいろんな取り組みが行われています。
毎日が何気なく過ぎて行く中で、私たちの生活が憲法によって守られているんだなとあらためて思います。


今日は「相楽九条の会」の方達が、朝9時30分から南山城村をスタートして、相楽郡内・木津川市内を回って来られたそうです。
南加茂台と加茂駅に行って、訴えを聞いてきました。

たくさんの方がご存じのように憲法九条は「戦争の放棄」です。
今日は「被爆者手帳」をお持ちの83歳の女性が「戦争は絶対にいけません。ましてや子どもや孫達を戦争に行かせるような事は二度としてはいけません」と、強く訴えていらっしゃいました。

平和は決して簡単に手に入るモノではなく、平和を願う一人一人の努力で積み上げられて来た結果だと思います。

また「被災地にこそ憲法25条(すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する)が活かされるべきです」との訴えも。

みなさんも、憲法をあらためて読んでみてはいかがですか?

http://www.youtube.com/watch?v=gikkMrJVJcA&feature=uploademail

2011/05/02

小雨のメーデー

5月1日(日)

今日はメーデーです。日曜日で、お子さん達を一緒に連れての家族連れも多く、200人ほどの参加でした。
時おり小雨が降る中でも、みんな元気よくシュプレヒコール。

働く者の権利を守れ。若い人達に仕事を。
憲法九条を守ろう。原発中心から自然エネルギーへ転換せよ。


プラカードも「原発依存から自然エネルギーへの転換」の内容が多かったです。安全を守ってこそ、国民のくらしが守られるし、次の世代へとつなげて行けると思います。

小さな女の子を二人連れて参加していたお母さん。この子達へ「安全で平和な日本」を残していけるようにと願わずにはいられません。