2012/01/23

吉田ミサヲさん

1月21日(土)

笠置町産業振興会館2階ホールで1時から、「木津川流域水質ネットワーク会議、報告集会」が行われました。ちょうど1年前の1月15日に「立ち上げ会」が行われてから、1年間の取り組みの報告集会です。
吉田ミサヲさんは、夫の転地療養のために昭和61年に伊賀市に移り住みました。自宅近くで産廃の野焼きの煙害悪臭のために、ご主人の具合がよりひどくなった事などで、その後に稼働し始めた産廃処理場の操業停止を求めて運動を続けてきた方です。

挨拶をする吉田会長(80歳)
今回は吉田さんの運動を支えてきた、村田弁護士の報告もありました。以前は廃棄物処理法自体が住民のためと言うより業者に有利であったために、住民の安全が後回しにされたり健康被害が増えた時期があったことなど、いつの時代も「企業優先の政治」のひどさを感じます。
私が小学生の頃は三重県と言えば「四日市公害」と教わりました。その三重県が過去の教訓を生かしているかと言えば、そうではなくこの環境問題に対して「責任回避策を取ろうとしている。」

いつも吉田さんは「川の下流域に住む人のためにも、水を汚すような事はしてはいけない。木津川を守るために、木津川流域の人が全て手を携えて“命の水”を守っていきましょう。」と話されます。

80歳の吉田さんに負けないように、自然や環境、住民の健康を守る政治にしたいと思いました。




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