2013/08/28

小泉元首相の「原発ゼロ」

8月28日(水)

 この週末をはさんで、日本共産党山城地区委員会の呼びかけで福島へのボランティアに6人が行ってきました。残念ながら私は参加できず。毎回ボランティアの呼びかけの日程と合わずに、「また行きたい。ボランティアに参加したい」という気持ちは強くなります。
 娘と一緒に福島を訪れたのは、2011年11月。寒さが厳しくなる前に被災者の皆さんに「毛布を届ける」ためでした。その頃はまだ日本全体でボランティアに取り組んだり、募金がたくさん集まったりで、どこに住んでいても「自分に何ができるか。被災者の方たちは大丈夫だろうか」と、みんなが考えていた頃だったと思います。
 9月で震災・原発事故から2年半になります。その間に政府の「収束宣言」や政権交替があり、大飯原発の再稼働、安倍総理の原発輸出のトップセールス、事故の時の現場責任者だった吉田所長の死去、放射性物質(汚染水)の海への垂れ流し、などなど。
 原発事故で家を故郷を思い出を取り上げられ、家族がバラバラにされた人たちはどう思っているんでしょうか。宮嶋前議員や谷口地区委員長の話では、「線量の低い所は、建物が解体されて更地が増えて来ている」「どの人も『原発さえなかったら』と、悔しい思いを語られる」とのこと。

 毎日新聞の“風知草”というコラムが結構好きで必ず目を通します。たまに自分とは意見が合わない時もありますが、今週号は「ほんとだよね」と言う思いが特に強かったので、ご紹介します。
 小泉元首相の言葉の中で「今原発ゼロという方針を打ち出さないと将来ゼロにするのは難しい」と言うところ。

 市議会の中でも市民から出された請願に対して「今すぐ実行できないから賛成できない。自分の任期中に実現できないことは責任が持てない」と、反対理由をさも正当かのようによく言う議員があります。
 方向と計画を持たなければ何事も進みません。「自分の任期中に・・・」とまで言うのなら、市民の願いを実現するために「実現できるまで頑張るのでどうか私に投票して下さい」くらいの気持ちで取り組めばいい。

 今原発からの撤退は、国民の多くの願いです。時間がかかるのはみんながわかっていることです。「今すぐ原発ゼロ」を決めても時間がかかるのです。少しでもその必要な時間の短縮と子どもたちや次の世代に、人類の生命を脅かす『核』を渡さなくて済むように私たちが考えなければいけない。小泉元首相も良い事言っているんだと思ったコラムでした。

2013/08/25

南山城の災害史

8月25日(日)

 市内の山城町にある“ふるさとミュージアム山城(府立山城郷土資料館)”で、先月の6日から今日まで「南山城の災害史」の企画展が行なわれていました。先月は参院選で忙しくしていたこともあって、気になりつつも行けないままで日が過ぎていました。同じように12日から23日まで、市役所内1階の住民スペースを使って南山城水害「昭和28年夏」パネル展も行なわれていました。
 高校生の頃に知り合った笠置町出身の友人から、「昔はすごい災害に見舞われた事があるんやで。今でもたまに道路が通れなくなる事もあるし」と聞いていたこともありましたが、自分自身では想像できないままでいました。ところが昨日今日の激しい雨が降る中で、やっぱり見に行こうと思いたって最終日の今日の朝9時過ぎに行ってきました。

 今、赤旗日曜版で連載中の「山の奉行ものがたり」では、木津川市の天井川の話が出ています。その昔どんどん木を切り倒してしまったことでハゲ山となったことや、天井川の話、水害対策のための土砂留工事の話などです。展示してある資料を見ながら、この地域は常に水の恩恵を受けながら、災害と隣り合わせていたことがわかります。
台風の時の木津川

 今年は南山城水害(1953年8月15日未明)からちょうど60年。去年の8月14日早朝に宇治市の弥陀次郎川が氾濫しました。これから本格的な台風シーズンになります。過去の災害を忘れず、常に防災を心がけていたいと思います。

 
近くの水路もあふれそう

 ふるさとミュージアム山城では、「南山城の歴史と文化」が常設展示されています。このあたりは文化財も数多くあり、素敵な場所だと再確認できました。9月はクールスポットとして入場料無料になっています。みなさんもぜひ足を運んで下さい。



2013/08/21

木曽町のまちづくり

8月20日(火)

 昨日と今日の二日間で、長野県木曽町に“住民が主人公のまちづくり”の研修に行ってきました。木曽町は木津川市よりも2年早く4町村と合併を行なった町ですが、田中町長の先進的な“まちづくり”にいろんな方面から数多く視察研修に訪れる自治体です。
 
開田支所での研修

 実際に田中町長ご本人からお話を聞き、懇談をさせていただいて感じた事はとても魅力的な首長であること。仕事にやりがいを感じて頑張っている職員が多いこと。住民がまちづくりに関わることで、町が住民にとっても訪れる観光客にとっても魅力的になっていること。
もうコスモスが咲いていました

特産のそば畑は、そばの花が満開

 この研修内容はさておき、本当に素敵な町でした。またブログでご紹介します。

2013/08/17

終戦日の話

8月17日(土)

 ちょっと日が経ってしまいましたが、15日の「かも平和の鐘」に参加したときの話です。
 私の担当は加茂町里の常念寺さん。残念ながら常念寺の参加者は子どもさんを含めて5人でした。境内から静かな町並みを見ながら、ずっとこの平安が続くようにと話していました。

 今年のメイン会場の加茂町小谷の大願寺に戻りました。すでに住岡さんの「戦争体験を語る」が始まっていました。

 住岡さんはちょうど特攻へ出発するための移動中に「戦争が終わった」とラジオで終戦の放送を聞きました。上からの命令が絶対であった当時は、ラジオの「玉音放送」よりも命令が優先され、軍からの伝達がなかったのでそのまま目的地(出発基地)まで移動しました。そして特攻隊として出撃することはなく、家に帰り着いたのは13日後でした。
 特攻隊としての出撃がもう少し早ければ、今の自分はいなかったと。戦争中は自国の不利な状況は一切知らされず、ご自身も回りの状況を冷静に見た時に「自分の乗る飛行機があるのか。本当に日本は勝つというのか」と疑問に思っていたそうです。でも、そんな事は口にも出せないような時代でした。
 軍隊に入って最初の1ヶ月ほどは、殴る蹴るの暴力で徹底的に「天皇陛下のために命を捧げる」意識を教え込まれます。最初は家族と離れて悲しんでいたり、戦争はおかしいと考えていたのが、暴力で叩き込まれ正常な判断ができなくなり、戦争へと突き進むようになります。68年前の8月15日をみんなで共有した時間でした。あらためて戦争の理不尽さ恐ろしさを知らされ、平和への思いを強く持った時間でした。
 

2013/08/14

平和の鐘

8月14日(水)

 ずっと暑い日が続いていて、40℃とか41℃とか、最高記録を更新したとか。そんな猛暑が続く中で、明日の終戦記念日を迎えます。そして今年も15日の12時から、加茂町内の6カ寺で平和を願う鐘が鳴らされます。加茂町での取組みは、今年がちょうど10回目を迎えるそうです。

 参議院選挙の間は、憲法問題をなるべく話題に乗せずにいた安倍首相がこの間に「憲法改正は歴史的使命」と発言したりするなど、過去の反省と未来への平和のバトンタッチをないがしろにする態度に終始しています。戦争を知らない世代が増え、戦争を知らない政治家が増えています。安倍首相も持論を「選挙」の間は隠していたのが、選挙が終わり本音があからさまに出て来たのでしょう。
 そんな時だからこそ、今年もみなさんと一緒に平和を願い「平和の鐘」を響かせたいと思います。私もお手伝いに行っています。ぜひみなさんもお近くの会場にご参加下さい。

 木津川市加茂町
 ・岩船寺 (岩船) 
 ・高田寺 (高田)
 ・常念寺 (里)
 ・浄瑠璃寺(西小)
 ・大願時 (小谷下) 
 ・地蔵院 (観音寺)
 今年のメイン会場の大願寺では「戦争体験を語る」「琴・尺八演奏」などが行なわれます。

2013/08/11

少し、夏休み

8月11日(日)

 昨日に引き続き、今日も暑くなりそうです。今日から14日までは“わが家のお盆休み”となり、家の用事を済ませることを最優先課題にしようと思いつつ、資料の整理(片付けがメインですが)や団会計の記帳など自分でも「半分仕事してる?」みたいな気持ちです。
 
 子どもが小さい頃の夏休みは、宿題の進捗状況を気にしつつ「◯◯日までに宿題済まさないと、おばあちゃん家に泊まりにいけないからね。海水浴に行けないからね」と怒りつつ、仕事に行く日は子ども用の小さなお弁当を用意し、学童保育の始まる時間が遅いので「家の鍵ちゃんとかけて行ってね」と言い残して私が先に出勤していました。今となっては毎日の食事作りに文句を言っていたのが懐かしいものです。

 高校生の息子は部活がある日とない日の行動の差が激しすぎる。娘はずっとだらだらして部屋も散らかったままで気にしてない様子。今日も暑い。仕事をしている方がよほど気にならずに、ストレスたまらないかも。
 いやいや、普段おろそかになっている「母親業」と「妻業(こっちはどうでもいいのですが)」にも少し力を入れないと、また忙しくなった途端に「家が散らかっている。おかずが少ない。お弁当ちゃんと作って」と、家族の総攻撃が始まってしまいます。お互いのためにもぼやかないようにしましょう。

気付くとぴったり45000km、思わずパチリ



 暑い日が続きますが、この8月の間に私が行きたいと思っている企画を少しご紹介します。
☆8月25日(日)午後1:30から橿原文化会館大ホールで「少年H」の原作者妹尾河童さんの講演会。
☆8月24日(土)午後1:30から木津川市加茂文化センター研修室で福島県立高校の先生が「フクシマは今」を語ります。ちょうど今日は震災から2年5ヶ月。
 両方とも先約があり行けないのが残念。身近な所でいろんな企画があります。避暑を兼ねてお話を聞く時間を持ってみませんか。

2013/08/10

新潟の話その3

8月10日(土)

 今日は「40℃を越す」という本当にこわいくらいの暑さでした。昨日は市役所からの帰り道で、道路脇の電光掲示板に「38℃」の表示を見つけ、家に着いてすぐに近くの小学校を訪ねました。学校は夏休みなので子どもたちはいませんが、教室の暑さを確認するためです。
 高台にあり、南向きの校舎は日当りがよくすぐに教室の気温が上がります。昨日の教室は37℃。窓を開けると少しは風も入るのでもう少し気温が下がるとは思いますが、子どもたちがいるとその体温で「教室がむっとしている」と、知り合いの先生から良く聞きます。37℃の教室の中に子どもたちがいる状態で、いったいどの程度気温が下がるというのか。
 以前に議員の一人から「子どもは我慢するもんだ。自分達が子どもの頃は扇風機もクーラーもなく我慢していた。今の子どもたちは贅沢だ」と、時代錯誤も甚だしい発言をぶつけられました。(もちろん、私が一保護者の時にです)きっと今日は新潟も暑いでしょうね。

 さて、新潟での最終日。「自治体問題研究所創立50周年記念特別インタビュー」ということで、韓国の忠南大学の朴教授を講師に“韓国の地方自治ーその現状と展望”をインタビュー形式で聞きました。
 「韓国は戦争下にある。今はあくまでも『停戦状態』が続いているだけなんだ」という、聞き手の池上主任研究員の説明にハッとさせられました。よく韓国の芸能人が「軍隊に一定期間所属する」話が芸能ニュースで伝えられても、そんなシステムなのかくらいにしか思わず、私の気持ちの中では現実的でなかったのです。頭の中でわかっているようでもわかっていないことがあることを再認識しました。新潟まで来た甲斐は十分ありました。

 帰りは新潟から富山まで「北越」に乗り、富山から京都まで「サンダーバード」に乗りました。初めてのサンダーバード。子どもと一緒に高岡に帰る時は、すいていて眠くなるほど走りやすい北陸自動車道を車で走って帰ってくるので、ひそかに「サンダーバード」に乗りたくて乗りたくて。念願が叶いました。
サンダーバードに初めて乗りました


 「北越」も初めて乗ったのですが、ちょっと…。写真を撮るなら「北越」の方が良い顔をしています。でも乗り心地は同じ料金を払うのなら、という感じでした。新潟の地ビールを少しいただいて、ガタガタという特急らしからぬ揺られ方で富山に着きました。
なかなかのハンサム顔です。ちょっとひよこっぽくも見えます

昭和53年の製造






 サンダーバードに乗ってしばらく行くと見慣れた景色が続きます。懐かしい高岡は素通り。こんな近くまで来ていてながら「親不孝ものだな」と、思いつつも京都へ戻りました。 
高岡駅もずいぶん変わりました


2013/08/09

新潟の話その2

8月9日(金)

 今日は68回目の「長崎原爆の日」を迎えました。戦争を体験した人たちの平和に対する強い願いを感じます。そして「戦争を知らない政治家」が平和憲法を変えようとする動きに対しての憤りも。68年前と同じように今日も暑い一日でした。


 新潟の話。2日目はそれぞれの分科会に別れて、朝の9:30〜16:00までお昼の1時間の休憩をはさんでみっちりと学習。せめて晩ご飯はおいしいものを食べたいと考えて、回転寿しへ行きました。
新潟の十全なす

 『回転寿し』と言っても、お皿が何種類かあって値段がばらばらのお寿司やさんです。あらかじめ調べておいたので、わくわくしながらお店に行くとものすごい人。やっぱりみんな考えることは同じなのだということがわかりました。タッチパネルで予約を入れると「約40分待ち」状態です。普段でしたらそんなに待つのは嫌なので、さっさと違うお店に行くのですが、なにしろ他に思い当たるお店もないし、お腹の中も頭の中も「どうしてもお寿司食べたいモード」状態です。酒井さんはどうかな、と思いながら「どうします。待ちますか?」「待っとこか」

 同じ敷地内に観光客向けの海鮮市場や新鮮野菜コーナーがあり、お土産物も売っています。酒屋さんまで隣接しているので、少しは時間がつぶせるかと思いましたがすぐに暇を持て余してしまいました。ふと見ると酒井さんが新聞を手にしています。「ご自由にお取り下さい」と書いて新潟日報が置いてあります。お店の人に聞くと、タダで持って来てくれるそうです。新潟の話題を知るのにも良いし、宣伝にもなります。二人で妙に感心してしまいました。

 お店の中に移動して、しばらくして席に着くことができました。予約してから約1時間。酒井さんの初体験でした。私も1時間待ったのは初めてかな。“佐渡産”のお寿司をしっかりとおいしくいただきました。
朱鷺メッセからホテルへ戻る時に乗った「犬夜叉号」

もう1種類の「ドカベン号」


2013/08/08

新潟の話その1

8月8日(木)

 第3回の定例会(9月議会)は23日に議会運営委員会があり、30日から始まります。準備に早速取りかからないといけないのですが、少し夏バテ気味でついつい家にいる時間が長くなります。
 週末の自治体学校の3日間はちゃんとお勉強はしましたが、会場とホテルと食事場所までの行き帰りの間の新潟の街の様子をちょっとだけお知らせします。

 なにしろ夜行バスで行ったので、新潟駅に着いたのが7時前。町の様子もわからず、駅に行けば食事をする所はあるだろうと、バス停から歩き出した方向が駅とは反対側。ちなみに「こっち」と言ったのは酒井議員。信号で待つ間に歩いていた人に確認すると、反対方向とわかり軌道修正。
 駅なかのパン屋さんに隣接したコーナーでモーニングを済ませて、荷物を預けにとりあえずホテルへタクシーで移動。ホテルのロビーで少し時間をつぶしてから、近辺を散策。魚大好きの酒井さんが「近くに市場があるみたい」と、早々と情報収集していました。
大きさを比較するために酒井議員の『手』 必要かな? 
まぐろの解体が昼からあり、そのためのものだそうです 

 
 泊まったホテルは新潟駅の近くではなく、少し日本海側へ行った辺りの「古町周辺」と言われる場所です。バス停で言えば「本町(ほんちょう)」のすぐそばでした。近くにはたくさんのアーケードとお店が並んでいました。もともとの「繁華街」のようです。気になる品物もたくさんありましたが、まさか着いたその日にお土産を買うわけにもいかず、リサーチだけ。私の大好きなMバーガーのお店もすぐそばにありましたが、「ハンバーガーはあまり好きじゃない」のツルの一声で却下。「一度おごりますね、絶対おいしいですって」と言いつつ、心の中では密かにリベンジを誓いました。

 ホテルから研修会場の“朱鷺メッセ”まで約2㌔の道のりでしたが、時間が十分あるので歩いていくことになりました。そこで酒井さんの歩き出す方向がまたまた逆。やっぱり夜行バスの疲れが影響しているのかな。どこかに座り込んだら寝てしまいそうな私ですが、そこからの主導権(案内役)は私に移りました。
 「新潟駅がこっちだから、右です」「そうかな」「少し歩いたら信濃川が見えますから。萬代橋ってアーチ型で観光名所なんですって、ほらあそこに橋が見えるでしょ」
 「ほんまや…」
萬代橋を南側から見た所
 前日の雨のせいか、かなり水量が多く濁った状態の信濃川でした。昔はこの倍以上の広さがあったそうですから、いかに大きな川かが実感できます。

昔と今の川幅を比較した説明図

 “朱鷺メッセ”の横の展望台(31階)に上がり、初めての新潟のほんの少しを楽しみました。残念ながら天気が悪かったので、佐渡島が「あれかな?どうかな」という程度にしかわからなかったことが残念でした。


下から写しても入りきりませんでした










2013/08/07

京都は暑い

8月7日(水)

 今日はどの天気予報にも「猛暑日、紫外線に注意、熱中症対策を。洗濯物はばっちり乾く」の文字が出ています。高岡に住んでいた年数よりも京都で暮らす年数が上回っているにもかかわらず、やはり京都の夏は暑いです。高岡も年に何回か「フェーン現象」の影響で、とんでもなく暑い日があった記憶はあるのですが、最近は「フェーン現象」うんぬんというよりも、京都の暑さには何年暮らしても慣れないような気がします。
 
 週末に夜行バスという強行軍で新潟に行ってきました。昔よりはシートも良くなっているとは聞きますが、あれは若い人たちの特権。乗るもんじゃないと言うのが私の本音です。酒井さんには無理をさせてしまいました。深く反省です。3〜5日のお天気があまりよくなかったせいもありますが、新潟で過ごしやすかったこと。5日の夜に京都に帰って来て二人とも「暑い、やっぱり京都は暑い」の連呼でした。
議運のメンバー(酒井議員)で月末に研修に行った可児市から参加されていた伊藤議員。
新潟でばったりとお会いしました。美濃加茂市の水越議員と4人で。
ちょっと西山は顔が疲れています。実はとっても眠かったのです。


 3回目の「自治体学校」出席ですが、とても勉強になります。ここで得た知識を木津川市にいかせるようにしたいし、ぜひ市が見習って欲しい部分も山ほどあります。日本全国で自治体職員も住民のために頑張っているし、議員も後押しをしている。国が少しでも福祉や地域を切り捨てようとしている中で、いかにして住民を守るか、また対応しているかを知る本当に有意義な3日間でした。
 
明治学院大学河合教授による「孤立を防ぐ地域コミュニティ」分科会


2013/08/02

自治体学校 in 新潟

8月2日(金)

 議員になってから毎年「自治体学校」に参加しています。最初の年はたまたま奈良で行なわれていて、家から原付に乗って約15分。それこそ学校に行くような感覚で参加しました。
 2回目の去年は浜松で開催。「ちょっと遠いんじゃない?日帰りなんてできないし」など、いろいろ考えていたものの、先輩議員方の「行くよ」の一言で参加。なるべく安いビジネスホテルを探して、交通費もなるべくかからないように行きは高速バスを利用しました。
 さて3回目の今年の開催地は、新潟。ちょっと〜、富山に住んでた時だって隣の県ではあるけど遠くって、せいぜい妙高の親戚の所にスキーに行ったぐらいなのに。京都からなんて遠すぎる。と思いつつしっかり参加して来ます。家族にも多少の迷惑をかけるし、行くならしっかり学んで来ないと、と本人はいたって真面目に考えているのですが、子どもたちは「ふ〜ん、いつ帰ってくるの。あっそう」程度の反応です。

 小さい時はかわいかったな。目に涙をいっぱいためて「おかあさん」と、そんなタイプではなかったので、気楽に出かけて来ます。とばっちりはご飯を作る夫でしょうか。いえいえ「鬼の居ぬ間に」しっかり羽をのばしているのかも。

 私も久しぶりに日本海を見て来ます。お天気でありますように。

2013/08/01

ナラ枯れ対策のその後

7月31日(水)

 昨日の午前中に、酒井議員と一緒に山城町森林公園に行って来ました。「カシノナガキクイムシ」によるナラ枯れ対策のシートの張替えをされるというので、その見学のためです。兵庫県赤穂市からアース製薬の担当の方たちと日野町森林組合の方と作業をされる方たち、見学など含めて12〜13人いたでしょうか。
 12本の木を研究用に設定し、シートの貼り方や種類を変えて虫の数などを調べているようです。前回の張り替えしたシートからは、12本で約14000匹のカシナガが付いていたそうで、多い木では4000匹ほどだとか。聞くだけでもぞっとします。

丁寧に木からはずしていきます

 みんなは慣れていて手際よく作業を進めて行きますが、シートを外すと蛾が飛んで出たり、ゴキブリがいたり、もちろんシートには虫がびっしり付いています。あまり虫が好きではない(はっきり言うと苦手な)私は、内心「何時ごろまでかかるんだろう。いつ帰るのかな」そんな事を考えていました。私も家でゴキブリを見たら、新聞紙を丸めてたたくタイプですが、さすがに山の中では虫が多いのでそんな気にもなりませんでしたが。
 
結構急な斜面で、立っていても疲れるほどです

 研究用の12本とは別に、約600本の木にシートが巻かれていますが、それらは8月下旬から順次シートが外されていきます。この日は2時間近く見学しましたが、張り替えできたのが8本(だったかな?)。結構時間がかかるので、600本のシートを外す時はもっと大変だろうなと想像できます。



木の枝そっくりな虫

 夏休みに入っていた事もあって、前回よりたくさんの家族連れが川遊びなどを楽しんでいました。素敵な場所です。ナラ枯れの被害を減らす事は、山の保全などの点からも大切な事ですが、なかなか難しく今後の対策と研究が待たれます。
 暑い中、みなさんお疲れ様でした。