2014/08/30

9月議会始まる

8月30日(土)

 準備不足と寝不足のまま、29日から9月議会が始まりました。先週末の議会運営委員会を酒井さんにお任せして、PTA全国大会で福井に行ってきました(木津川市議員団ブログをご覧下さい)。
 とっても良かった。できるなら茂木パパの話を2時間ぐらいは聞きたかったですね。と喜んでいたら、今週は昼に夜にと会議が目白押し。いつもより、議案書などを読み込むことができずに初日を迎えてしまいました。前日前々日と睡眠時間を削って頑張ったものの、子どもの時から、ご飯を食べるより睡眠で体力を保つタイプなので、反対にバテてしまいました。
 「体力がなければ、議員は務まらない。体力に自信がないなら辞めたら良いんや」と、仲良くさせてもらっているK元議員が言ってました。K元議員はある人のことを指して言っていたのですが、私も自分に置き換えてみて反省。
 子どもと一緒に夏休みの間に「夜型」になった体内時計を「昼型」に戻し、来週からの常任委員会、特別委員会、一般質問などなど、しっかり対応しなければと思います。

 24日にあった「市民との意見交換会」の参加者の多数からも「削減の提案理由・根拠がはっきりしない」けれど、「もっとしっかり議員として働いて(活動して)欲しい」「木津川市にとって何人が適正なのかわからないが、市民の要望をきちんと行政にさせる議員が必要」と意見が出ました。
 「はっきりものを言い、しっかり働く」私たちのスローガンです。

2014/08/26

長い夏休み

8月25日(月)

 お盆に入ってなんだか長い夏休みを取ってしまいました。10日ぶりのブログです。先週は毎日夜の会議が入ったせいか、とてもじゃないけど眠くて眠くて。プラスずっと続いた蒸し暑さのせいで夏バテしていました。

 昨日投票日だった綾部市議選。12日に酒井議員、宮嶋さんと応援に行ってきた“つきがしらさん”無事当選でした。改選前と同じ4人の議員団全員当選でした。応援いただいたみなさん、ありがとうございました。

 木津川市議会も29日から始まります。今回も精一杯がんばります。この時期の一番の敵は「蒸し暑さ」ですね。みなさんも夏バテされませんように。

2014/08/15

平和の鐘

8月15日(金)

 今年も終戦記念日に「加茂平和の鐘」が行なわれました。今年で11回目ですが、私は議員になってから参加するようになりました。
 お盆とお正月はいつも京都市内にある夫の実家に行くのですが、子どもたちも大きくなると喜んでついて来なくなります。今年も長女はアルバイトを入れているし、息子は一緒に行きますが、すぐに飽きてしまいます。そんなわけで、13・14日に泊まって、今朝一足先に帰って来ました。

 今年は浄瑠璃寺がメイン会場でした。私の担当は常念寺。他に岩船寺、高田寺、大願寺、地蔵院の6カ寺で正午に一斉に鐘を鳴らします。今年は特に「戦争のない平和な世界を願う」人たちが多く参加されました。

 暑い中準備を始め、シベリア抑留の語り部、詩の朗読、エイサー踊りを披露された方達、ありがとうございました。8月だけが戦争と平和を考える時ではありませんが、日本中が立ち止まって考えることは素晴らしいと思います。


今年2回目のヒナたち、無事に巣立ちました


 これからも平和が続く事を祈ります。対話と歩み寄りが大事です。


2014/08/09

式典は晴れていたよう

8月9日その2

 長崎は雨にあわずに無事に式典も終わったようです。私の家の辺りでは雨も止んでいますが、近隣の自治体では「避難準備」や「避難勧告」の出ている場所もあります。みなさんのお住まいの所でも情報に十分留意して下さい。


8月9日(土)

 広島に続き、長崎も雨。今日の雨で甲子園も2日延期になったようです。京都からの代表の龍谷大平安高校が初日の第一試合だったのですが、球児たちの体調管理も含め大変だと思います。仕切り直しで、初日を迎えて頑張って欲しいものです。

 しばらく忙しかったのと、夏バテ気味なのか…。今日の雨を理由に家でのデスクワークに専念しようと思います。でも、今日は家族全員が家にいると、「主婦」の仕事がここぞとばかりに気になります。子どもたちに「部屋片付けなさい。服もちゃんとしまって」などと言っていますが、私のパソコン回りも資料と新聞の山。
 「お母さんこそ片付けや」と反撃に遭いました。早く夏休みが終わってくれたら良いのに。夏休みが終わる頃には9月議会です。もう少し夏休み続いて欲しい、そんな矛盾した気持ちです。

 先日、いつも温かい言葉をかけてくれるKさんからコメントをもらいました。はにかんだような笑顔が可愛い奥さんです。「応援しますね」の心強いメッセージ。昨日は嫌なことがあったので、そのコメントを読み返し気持ちを奮い立たせています。

 また雨が強くなってきました。69回目の原爆の日。憲法を変えると宣言している首相。集団的自衛権で戦争できる国への道づくり。戦争で犠牲になった多くの人たちの涙なのでしょうか。

 安らかに眠って下さい過ちはと繰返しませぬから


2014/08/07

今年は雨

8月7日(木)

 今日は故郷高岡では旧暦で七夕祭りが行われています。正確には1日から七夕飾りが末広町の商店街を中心に飾られているのですが、結構見応えがあります。でも、友人の話では「昔よりは小さくなった気がする」と。子どもの頃はそんなものだと特に気を止めていなかったことも、本当はとても素晴らしいこと、大切な事だと歳をとるとわかります。

 昨日、広島は69回目の「原爆の日」を迎えました。1971年以来43年ぶりの雨の中での式典開催だったそうです。安倍首相は言葉の中に「憲法遵守」も盛り込まず、被爆者団体の方たちの共通の要望「(被爆者の願いに背く)憲法解釈で集団的自衛権の行使容認の閣議決定の撤回」にも、応えることはありませんでした。
 43年ぶりの雨、何かしら深い意味があるのでは。原爆の被害にあった人たちは、「水が欲しい」「水が飲みたい」「体中が焼けて暑い」と苦しみながら、そして多くの方たちが水を口にすることもできずに亡くなっていきました。
 安倍首相は「核兵器のない世界」とは言います。原爆の被害は原爆が落とされたからですが、それはあくまでもつかった武器が「原爆」だと言うこと。被害者や家族は決して「核兵器がなければそれで良い」とは考えていません。戦争は必ず勝利国にも敗戦国にも大きな被害と憎しみときずを残します。戦争は絶対悪です。
 「核兵器はなくすけれど、戦争になったら日本は参戦する」そんな考えの首相に手をあわされ「安らかに」と言われた、原爆死没者29万2325人の方たちはどう思っているのでしょうか。

 戦争のない日本はみんなの努力で作り上げてきた「素晴らしいこと」なのです。

2014/08/01

仙台の話から

8月1日(金)

 総務文教委員会の研修の話はおいおいするとして、自治体学校のことを少しご紹介します。

 第一日目の7月26日は仙台国際センターで、記念講演「憲法と地方自治」一橋大学名誉教授杉原氏に続いて、3人の方たちのリレートークがありました。馬場 有浪江町長、岩手県大槌町の岩間保健師、河北新報社小島記者のみなさんです。3人の方たちから、あの日何がおこっていたのか、自分を含めてどんな状態だったのか、そして今どのような状況かが報告されました。

晩ご飯を食べに行ったお店で
地震で津波で、ライフラインが寸断され、一切の状況がわからず、東京電力からも国からも何も知らされずにいたこと。そのために避難も遅れ、避難先の線量が高いことも知らされずにいたことで住民に余計な被曝をさせてしまったこと。そんな中で「再稼働」なんてとんでもない。原発の近くでは同じことが起こりうる、日本では原発は廃炉にすべきだと、強い憤りを持って馬場町長は語られました。

 大槌町役場では町長をはじめ40人の職員が亡くなりました。ご本人も同僚3人と直前まで一緒に仕事をしていたものの、その3人が震災の犠牲になってしまったこと。避難した場所での最初の仕事が遺体の安置場所の確保だったことなど、その状況は想像しがたいものでした。今、定期的にカウンセリングを受けながら、生かされた命を大切にし、後輩の指導にあたり、また仲間に支えられながら仕事に頑張っていらっしゃいます。

 小島記者からは、「報道」の立場からの訴えでした。テレビ新聞メディアがだんだん報道しなくなって来た状況。それは地震・津波・原発・風評に続く「風化被害」である。避難生活が長引くことで、避難者の間にも格差が出て来ている、それは年齢から来るものや経済力から来るものなどいろいろ。人々の中に分断を持ち込み、幕を引こうとしている東電や政府。「風化被害」と言う言葉を聞き、私自身ハッとさせられました。
 忘れてはいけないし、まだ続いている被害。その真実を多くの人に知ってもらうためにも、京都に戻ってからも発信して行かなくてはならない。そう強く思いました。

折れ曲がったままの海岸近くのガードレール