2015/08/15

終戦記念日

8月15日(土)

 涼しい朝からまたいつものように暑い一日になりそうな「70年目」の今日です。加茂町内では5つのお寺さんで正午に「平和の鐘」を鳴らします。各地でも同じように「平和の鐘」が催されるようです。
 朝からニュースでは「70年談話」が取りざたされています。4つのキーワード、海外特に中国・韓国の反応など。ゲストコメンテーターの感想としては「長くなれば長くなるほど、言いたいことがわかりにくくなる」「これ以上謝罪を続けさせるわけにいかないと言うのなら、もっとはっきりと自身の言葉で謝罪したら良いのに」などが出ていましたが、本当にそうだと思いました。
 加えて、「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」の文章にはものすごい違和感を感じました。「戦争には“good war”も“bad war”もない。“no war”が一番だ」と言うコメンテーターの力強い言葉にうなづきました。

 正午には70年前の暑い日を思い起こして平和を祈り、あらためて“no war”の誓いをします。

 

2015/08/12

南相馬での話(2)

8月11日(火)

 東日本大震災から4年5ヶ月目の今日、川内原発の再稼働という皮肉な現実。「収束」も「終息」もしていないほど遠い現状を、どう考えているのか。経済優先で人の命や平和や暮らしが軽んじられる、それこそ日本の良さがどこへ行ってしまったのかと考え込んでしまいます。

 私の子どもたちと同年代の子どもさんがいて、仮設に単身で住んでいる40代のお父さんの話。上が女の子で下が男の子の大学生という点も同じで、部屋にあがらせていただいた上に、「もらったから」と言って桃をご馳走になりました。
持ち主から引き離された小高駅前の
自転車置き場にあるたくさんの自転車

 震災の時に小高区に住んでいて、避難しなくてはいけなくなりました。ちょうど姉が住んでいた飯館村に行き、近所の子どもたちの面倒を見てあげたりして過ごしました。ところが、実は飯舘村の方が放射線量が高いということで、あわてて避難することに。でも、そのころは避難所がいっぱいで大変だったそうです。
 建築関係の仕事をしていたので、会社から出社するように連絡がありました。最初の仕事はガレキを片付けながら遺体の捜索。そして逃げ遅れた(と言うよりどうしようもなかった)牛や豚を地中に埋めること。生きている豚や牛は近くで待機している獣医さんが注射を打って殺処分したそうです。ぴくぴくしている状態の動物たちを次々に埋めて行く。「あんな仕事はしたくない」と話していました。線量の高い地域での枯れ草や植物を集めることもしたそうですが、厳重な防護服と防護マスク、手首足首などはテープでぐるぐる巻きにしたうえで「3時間」という決められた時間の作業で、大変だったと。
 
ところどころにある放射線計


 穏やかに話をして下さるのですが、内容はとても私たちからは想像できないようなことばかりです。彼は「原発は絶対にあかん。放射性廃棄物の処理ができない限り、動かすべきではないし、原発はそこに“ある”だけで、人間にとっては不要なもの」と言っていました。


安全神話を物語っていた時の「標語」




 南相馬市から国道6号線を南下し、福島第一原発の近くを通った時に、車の中でずっと鳴り続けていた線量計の警告音。これは日本に住むすべての人たちに鳴らされ続けている『警告音』だと思ったのは私だけでしょうか。
 

2015/08/08

南相馬での話(1)

8月7日(金)

 南相馬市のボランティアセンターを拠点に小池応急仮設住宅を3カ所ほど訪問しました。ここは小高区や浪江町からの避難者が多い仮設でした。
 
東京から仮設に住む娘さんとお孫さんに
会いにきたおばあちゃん(私と同い年ですが)

 88歳のおじいちゃん、「何か困っていることはありませんか」と聞くと、なかなかおはなししてくれなくて、でも「ぜーんぶ困ってる」と。本当だったら自分のお家で家族と一緒に米寿のお祝いをしているはず…。私自身が次の言葉をかけることができなくなりました。別れ際には「遠くから(来てくれて)ありがとう」と、言ってもらいましたが、切なくなります。

 同じ88歳のおばあちゃん、小学生くらいの女の子たちと一緒にいました。「お孫さんとご一緒なんですか?」「最初は一緒に住んでいたけど、(仮設の)部屋が空いたので隣同士で暮らしている。おじいさん(夫)と息子夫婦が亡くなった。消防士の孫が消防車ごと流された。今住んでいるのは娘夫婦とその子どもたち」と、途中で涙ぐみながら話されました。
 それでも、「京都から大変やね。暑いから気をつけてね」と、ねぎらいの言葉をいただきました。仮設の方たちは、みなさん優しくて周りの人を思いやる方が多いのです。


2015/08/06

福島の今

8月5日(水)

 週末を利用して3人で、福島県南相馬市にある党のボランティアセンターを訪れ、近くの仮設を訪問してきました。南山城村の方から預かったお米を持って。
 私が南相馬を訪れるのはこれが4回目です。一緒に行った宮嶋議員は年に3回以上のペースで、今年も5月に引き続いてのボランティアです。もう一人、八幡市に住んでいる教員の方も参加しました。この方はようやく日程が合って、初めての参加とおっしゃってました。

 3月から常磐道が全線開通しました。31日は走り馴れた北陸自動車道回りで行きましたが、以前よりは楽に行けました。帰りはまっすぐ南下して東京を通ったので、事故や渋滞もあり少し時間がかかりました。
帰りの首都高から見たスカイツリー

 現地までの往復にかかる時間があり、実際には土曜日と日曜日の午前中に仮設を訪問しました。それでも、50軒以上の方たちと話をすることができました。中にはしっかり話し込む事もあれば、ほんの少し言葉を交わす程度の方、いろいろでした。私がお話をさせてもらった中で、特に印象に残った方たちのことをブログに書かせてもらいます。