2016/03/31

明日から4月

3月31日(木)

 29日に閉会日を迎え、長かった3月議会も終わりました。今回も介護保険の引き下げ提案を行ないましたが、残念ながら賛成少数で否決。いろいろと考えさせられるところも多く、歯がゆい思いがありますが、酒井さんいわく「前より怒りっぽくなくなった」そうです。
 以前は一般質問でも、委員会でも、それこそ「木で鼻をくくったような答弁」だと、ずっと腹を立てていました。本当に議会は精神衛生上よろしくない…。でも、何も考えず何とも思わず定例会を終える議員よりはよほど良いかな、と自分で自分を慰めています。
 アベノミクス、なんてどこ吹く風。昨日も市民から「わたしらは少ない年金で毎日たいへんな思いをして生きている。正直、木津川市なんてどうでもいいくらい」と言われました。市政に対して期待もしない、それは議員に対してもそうなってきます。本当に悲しむべき事です。

 明日から4月。新年度が始まります。正直に頑張っている人たちが報われるよう、少しでも「木津川市が大好き」と思ってもらえるように、新年度も頑張ります。
 

2016/03/26

ボランティアフェスティバル

3月26日(土)

 今日は午前中に光科学研究所のホールで行なわれていた「ボランティアフェスティバル」に行ってきました。子どもと教育を考える会・らららもかに、駐車場での車の誘導と会場への案内の要請があり、ボランティアスタッフの一人として9時〜10時までお手伝いをしてきました。


 その後一通り見学をし、混み出す前に「ミニSL」にも乗りました。そして昼から南山城村の村議選の応援のために、パン・団子・ポン菓子などを買って一足先に帰りました。たくさん屋外で模擬店が出されていた事もあり、一緒にボランティアに行ったみんなと「お天気で良かったね」と話していました。

手作りのミニSL

乗ってみました


 午後からお手伝いに行った村議選では、しっかりと「鈴木かほる」さんの応援をしてきました。急こう配の多い村の中を歩いたので、夜には足に疲れを感じました。今日は少し声をからしながらも訴えていた鈴木さん。明日の夜にはみんなで疲れが吹っ飛ぶ結果を出せる事と思います。みなさんの最後までの応援をお願いします。
 

行方不明の娘

3月25日(金)

 昨日まであった3日間の予算委員会が終わり、あとは月曜日の最終日を残すだけとなりました。新年度予算に対して、市民のための予算となっているかどうかをしっかり質疑します。でも回りを見渡すと、議員のチェックするという基本の仕事ができているのか…。毎回「もどかしさ」を感じます。

 先週末から気になっていたのが、わが家の長女。先日わたしの誕生日にも電話もメールも来なくて、こちらから「3連休なにしてたの?」と送っても、義母が郵送した「ちりめんじゃこ、ちゃんと届いた?」と送ってもなしのつぶて。またまた行方不明になっていました。
わたしの誕生日に夫が作った夕食
このあとには手作りのバースディケーキも

 やっと電話がつながった時に、「何してるの?」「寝てた」「おじゃこ届いた?」「食べた。美味しかった」「…」
 花粉症で少し鼻声だった娘。義母は「便りがないのは無事な証拠」と言うけれど、今のご時世どこで犯罪が起きるか巻き込まれるか、わかったものじゃありません。娘に対しても「もどかしさ」を感じています。
 

 

2016/03/17

3日間の一般質問、終了

3月17日(木)

 15日から3日間あった一般質問が終わりました。今回は代表質問があったので、一般質問は13人が行いました。
 わたしは2問だけでじっくり取り組むことにしたつもりが、結局いっぱい言いたいことがあって、酒井さんからは「たくさんの事を全部言った感があった」と指摘されました。あ〜、またやってしまった、という感じです。
 それでも、あれも言い忘れたこれも言えなかった、とも思うのですが。


 最初の頃は時間がなくなって、議長から「発言を許しません」と言われた事もありました。また、自分のが発言時間がなくなってしまってから、市長の答弁を聞かされて終わりになることも。私にしたら、そんなこと「聞きたくないわ」と感じる事もありました。

 市民がどんな思いでいるか、何を望んでいるか、市長自らが出向いて話を聞く事などなかなかできません。議員は市民から困っている事、こんな風になったら良いと思うことなどいろいろ聞きます。それを伝えるのが仕事でもあります。耳の痛い話が多いけれど、せめて知る努力はして欲しいものです。
 息子に今回も市長から「いろいろ提案してくれるけど、何でもかんでもできません、みたいに言われた」と言うと、「改善されてないから、こうしたらって言うねんやろ。ええんちゃう、何度でも言ったら」「ほんまやね」
 時々妙に納得するコメントがもらえます。でも、わが家の子どもたちは傍聴に来たことがありません。「なんかおいしいもの食べに連れて行ってあげるから」と言えば来るのかな。まぁ、傍聴に来ていたら手厳しいコメントになりそうだから、今のままでもいいかな…。

 

2016/03/13

おばあちゃんも参加

3月12日(土)

 円山公園で行なわれた「バイバイ原発 3・12きょうと」集会に息子と行ってきました。なんだか最近「引きこもり」状態の息子。春休みのほとんどをバイトもせずに家で過ごしています。
 今日の誘い文句は「ちょっと日にあたりに行こうか。帰りはなんか食べて…」。内心、こんな事で良いのだろうかと悩みつつ、これで本当について来なくなったら、部屋から出て来なくなったらどうなるのやらと、母としての悩みはつきません。

 今日の集会のビラを早くから部屋に貼り出していて、義母にも「みんなで行きましょうね」と誘っていました。義母は仲の良い姉を誘っていたらしく「松ちゃんも行くって言うし、前日から泊まりに行って少し遊んでくるね」とのこと。会場か、近くでご飯を食べる時に合流しようとなりました。

パレード出発前、2100人の参加だったそうです

 今日行きたかったのは発言者の中で「福島から避難している福島さん」がいたからです。2011年4月に避難して、木津川市に暮らしています。
 彼女は、吉田所長(故人)が、福島第一原発が一度にすべて爆発したら“死ぬこと”を覚悟したというような話を聞いて、「私たちは避難所で福島第一原発の情報を聞きながら、“死”を覚悟しました。原発が近くにあることは“死”と隣り合わせなんだと知りました」と言っていました。
裁判を抱えながら、あの日を語り続ける福島さん

 自分たちの生活の横に「死を覚悟しないといけない事実」が潜んでいる。交通事故や病気などと違い、そのパンドラの箱が開いた瞬間に年齢性別を問わずに「死が訪れる」。その恐怖をこれ以上続けることはしてはいけない、そんな覚悟を持って生きている強さを感じます。
 伝え続けることの大変さ、しんどさは計り知れませんが、わたしも同じように伝え続けて行く一人でありたいと思いました。

5年目の3月11日

3月11日(金)

 5年が経って、何が変わってきただろうか。「東日本大震災」は確実に少しずつではあるものの復興しています。
 福島第一原発のメルトダウン、原発事故。世界を震撼させた「フクシマ」は、汚染水処理、放射能性廃棄物、除染、その範囲を狭められ人の住める場所を広げてはいるが、原因も究明されていないまま「復興」とは一歩も二歩も隔たりがあります。
 9日は大津地裁で、高浜原発3・4号機運転差し止め仮処分決定がくだりました。4号機は再稼働し運転直後にトラブルで緊急停止したのに、まだ動くのかといたたまれない気持ちでいた私たちを元気づけてくれる地裁の判断でした。

 今日の木津川市議会は補正予算委員会でした。途中の14:26に庁内の放送に合わせて、いろんな思いを胸に黙とうを行いました。



 夕方、あわただしく高の原イオン前に集合して、竹灯籠にろうそくを灯して、道行く人に署名と募金を訴えました。ハンドマイクを使ってそれぞれの願いや思いを約1時間リレートークしました。さすがに体が冷えて、署名用紙を持つ手も声もふるえてきます。


 5年前のあの日、冷たい海の水をかぶったり、津波で逃げる術を失った多くの人たちはもっと寒かったことでしょう。今もそのことを思うと胸が痛みます。 鎮魂
 


2016/03/06

花粉症

3月6日(日)

 ずっとパソコンの調子が悪い間に、えらく日が経っておひな様も終わってしまいました。ブログも止まったままで、ごめんなさい。

 昨日半日南山城村を歩いたら、途中から目がショボショボし出して夜にはウサギのようになって涙が出るわ、くしゃみや鼻が出るわ…。今年は花粉症も大丈夫そうだと高をくくっていたけど、やっぱり来てしまいました。油断大敵。もう遅いのですが。
 今日は行くはずだった船屋の雛まつりにも、公民館まつりにも行かずに、一日家の中で過ごしました。外に出ないと少しはましになってきました。まずは明日の厚生常任委員会、ちゃんと進行できるか心配ですが、ティッシュ持参で頑張ります。


 ☆一般質問の順番が決まりました☆
 16日(水)の3番目 西山、 4番目 酒井議員
 17日(木)の3番目 森岡議員