2016/04/21

いろいろありました(4)

4月20日(水)その4

 福島ボランティアの帰り、今回は「三春滝桜」の里に寄ってきました。
 実は木津川市にも「三春滝桜」の子孫が植樹されているのです。相楽台3丁目の福寿園CHA研究センターへ入るとすぐに、道のロータリーになっている部分に植えてあります。ところが最近弱ってきているとのことでこの前も酒井さんと一緒に見てきました。
木津川市にある子孫の「滝桜」

 三春滝桜は少し散り始めていましたが、樹齢1000年以上と言われるだけあって見事なものです。驚きました。夕方に着きましたがまだたくさんの人が訪れていました。夜はライトアップされるそうです。
先祖の「三春滝桜」


樹齢1000年以上といわれるそうです


 近くに娘と言われる「地蔵桜」と地蔵桜を囲むようにある「さくら・はなもも回廊」を歩きました。本当に素晴らしい景色で、久しぶりに心が癒されました。

娘の「地蔵桜」





 

いろいろありました(3)

4月20日(水)その3

 福島ボランティアであまり雨に合うことがなかったのですが、今回は土日のボランティアの予定が1日だけとなりました。日曜日の朝から福島県に出された「暴風警報」。雨もポツポツ降り始めてきたこともあり、こんな強い風の中で訪問するのは遠慮しようと言うことになりました。
 そこで予定を少し早めて、小高区や浪江町、請戸港などを見て帰路に着くことにしました。

 小高駅の放置自転車が一掃されていました。本当は「放置自転車」ではなく、駐輪場にきちんと置いてある通勤通学のためのものでしたが、余儀なく避難した事によって「持ち主のない自転車」になったものです。
閉校となった小学校

 また最初の頃は浪江町に入るにはあらかじめ申請して、「許可証」が必要でした。その頃にも行っていますので、かなり「片付いてきた町」の印象です。この日は雨と暴風のために、晴れていたら請戸港から見えるはずの「福島第一原発」がかすんでいました。
 初めてボランティアに参加したFさんは、「映画に出てくるゴーストタウンの様な気がします」と感想をおっしゃっていました。


右奥に見える家は残っていますが、
津波のために2階の窓までが破れています

 相変わらず、「フクイチ」に近づくほど線量計が高い値を示します。毎回6号線を南下して帰る時に、「普段の生活の中には存在しない線量の場所を、こんなに無造作に往来していいのか」と不安になります。政府は「汚染水はコントロールされている」とずいぶん前に断言しましたが、6号線を「社員専用」の大型バスが通り、いまだに大変な中で作業をしている人たちが数多くいます。「ある程度除染がされた汚染水は、希釈して海に流すのが一番安価で現実的な処理方法」と専門委員会の見解だとか。
 本当にいい加減にしてほしい。何も根本的には解決していないのに「解決した」かのように見せかけるために、いまだに被災者の多くがつらい思いをしています。
 
 この事実を忘れないためにも、また訪れたいと思っています。

いろいろありました(2)

4月20日(水)その2

 15日(金)〜18日(月)には宮嶋さんたちと一緒に南相馬市への「福島震災ボランティア」に行ってきました。日本共産党山城地区委員会からは、「第21次」になります。宮嶋さんは16回目の参加、私は参加は3回目ですが福島へは毎年行っているので4回目になります。今回が初めての参加者もいました。
 出発の前夜、熊本で地震が起こりました。自動車を運転中もサービスエリアで休憩中も、次々と伝えられる熊本の地震のニュースにみんな心を痛めながら福島へと向かいました。


 私の住んでいる南加茂台の方を始め、4人の方から預かった救援物資のお米180㌔。党のボランティアセンターで小分けにしてから主に小高区から避難された仮設住宅にお住まいの方たちにお届けし、お話をお伺いしました。

共産党のボランティアセンター
18日に予定されていた「除染」が
16日に行なわれました。(遅れているそうです)

 高校2年生だという女子高生は、仮設から約2時間かけて高速バスを使い、バスに乗り継ぐなどして仙台の高校に通っているそうです。東京や大阪などに働きに行っている会社員なみの通学時間です。思わず「大変ね」と言ってしまいました。
 小学4年と2年の子どもがいるという若いお母さんは「全国のみなさんに良くしていただいて、どうやってお返しすれば良いか。なかなかお返しできないのがつらい」とおっしゃっていました。子どもたちが小高に帰りたいと言うので「解除になったら戻ります」とも。「子どもさんたちと元気で頑張ってくれている事が、支援してくれた人たちへの“お返し”になりますよね」とお伝えしました。
 多くの人たちが「京都から?遠くからありがとうね」と言って下さいます。今回はみなさん「熊本の地震が心配。福島と違って大きな地震(余震)が続いているから、きっとみんな不安がっている。かわいそう、励ましたい」と、口々におっしゃいました。大地震を経験したからこそ、心底心配されているのがわかり、優しさに心うたれました。
 
 

 

いろいろありました(1)

4月20日(水)その1

 先週から今週まで北へ東へといろいろ行ってきました。ご報告シリーズになりますが。

 12・13日は京丹後市議選の応援に行ってきました。私たちと同じで、京丹後市も4人の議員団です。田中くにおさんの事務所に伺い、酒井さんと回ってきました。

田中くにおさんと

 木津川市は京丹後市と「友好都市盟約」を結んでいます。京都府の最北端と最南端、車で行くと150㌔ほど。酒井さんと宮島さんの宣伝カー(軽自動車)の2台で行きました。京都縦貫道がつながって高速を使うとかなり早く行けますが、お尻が痛かった…。

 帰りは西山の希望で「天橋立」に寄ってもらいましたが、残念な事にお天気は今ひとつでした。晴れていて時間があれば、レンタサイクルに乗って反対側まで行きたいですね。
風が強くて、小さな渦潮が見えました
松の木にくくられた、扇形のおみくじ



2016/04/12

森フェス

4月10日(日)

 昨日の午後、酒井さんに声をかけて山城町の森林公園で開かれていた木津川アートのプレイベント「森フェス」に行ってきました。関西大学のボランティアの学生さんたち(50人)が、揃いのジャンパーを着てあちらこちらでお手伝いをして下さっていました。
 「音楽フェスティバル」だけあって、若い人たちが多く来ていました。小さな子どもや赤ちゃん連れもたくさん。
みんなが見ている先ではパフォーマンス(ダンス)

珈琲が美味しかったです

 以前、当尾であった木津川アートがご縁で南加茂台でお店を開いている方の珈琲をいただいて、楽しんできました。おじさんとおばさんは戸惑いながら、ですが。

 今日は息子に手伝ってもらって、午後は州見台に「3月議会報告」を約320軒配ってきました。途中で「息が上がる。足がつる」と普段の運動不足を棚に上げてぼやいていると、息子に「年だから」とひと言。
 途端に「大丈夫」と負けん気が出てきますが、さすがに二人で1時間半かかると大変です。終わってから近くのコンビニでアイスクリームを買って食べました。
 いつまで付き合ってくれるのかな、と考えながら、散り始めた桜を見ていた瞬間でした。
会派室から見る裁判所の桜
ピンクの絨毯がきれい

2016/04/06

高岡市に帰って来ました(3)

4月6日(水)

 今日は朝から広報委員会でした。思ったよりも早く終わり、ほっとしています。次は11日に全員で最後のチェックをして、あとは正副委員長2人にお任せです。
 高岡に帰ると必ず自分のために買って帰る「志乃原の江出の月」を、広報委員のメンバーにも持って行きました。一つの包み紙に薄い「江出の月」が2枚入っています。約1名は包み紙を半分開けてそのままパクリ。思わず「それ、2枚重ねて食べてるって」と、突っ込んでしまいました。
高岡商業高校の生徒たちが売っていたお菓子
ラベルをデザインしたそうです


 考えてみたら、高岡での滞在時間は22時間ほど。次回はもう少しゆっくりしたいものです。
燃費が良くて、「19.9」を示しています

高岡に帰ってきました(2)

4月5日(火)

 急に高岡に行く日を決めて10日もないくらいの日に、高校時代の友人に電話をし「3日に高岡に帰るがいけど、プチ同窓会できんけ?」と、わがままなお願いをしました。

今は共学になった母校
共学になって「看護科」がなくなり、
「閉科記念」の石碑がありました
もう何十年も会っていないもの同士で連絡を取って、その日インフルエンザにかかった一人を除いてそれでも6人が集まりました。早いところは「孫はかわいいちゃ」、「30過ぎてやっと結婚したけど、うちまだなが」などなど…。

 高岡を離れている時間の方が長くなって、あまり帰らない私は時々「ちょっと待って。もうちょっこゆっくりしゃべってま」と、お願いしました。関西弁は早口と言うイメージがありますが、なんのなんの生粋の高岡弁を話すおばちゃんたちには付いていけません。
 今回もおもしろい風習や方言を聞いて、「へぇ〜そんなんあるんや」と感心しきりです。
 例えば「嫁ブリ」。嫁に出した親元から、初めてのお歳暮でブリを贈ります。もちろん、氷見の寒ブリ。頂いた方は近所の魚屋さんに頼み、おろしてもらって半身をお返しするのだそうです。
 友人の一人は富山市内へ嫁に出した先に贈ったけど、相手さんがその風習を知らずに近所の人にお裾分けしていたら「あんた、半身返したが?」と言われ慌てて、“4分の1”が戻ってきったそうです。
 日曜日のよると言う事もあり、早々にお開きで帰って行きましたが楽しい時間を過ごしました。

高校時代の親友、いかちゃん

これぞ富山県!鯛の形のかまぼこ
なつかしい





2016/04/05

高岡市に帰って来ました(1)

4月4日(月)

 3月に叔母から父の事で電話があり、久しぶりに3・4日に高岡へ帰って来ました。いつもだったら京都から高岡までサンダーバードに乗るのですが、北陸新幹線ができたためにサンダーバードがすべて金沢止まり。いろいろ考えて、まだ春休み中の息子に「広くて車の少ない北陸自動車道で運転の練習してみない?」と声をかけましたが、あっさりと断られました。そこで夫に有休を取ってもらい、一緒に車で行ってきました。
州見台の通りも桜が満開

芭蕉句碑 義仲の寝覚の山か月悲し
小矢部川SAで



駅もきれいにされている元の「高岡駅」
でも、人が少なくてなんだかもったいないくらいです

新幹線のために作られた「新高岡駅」

 日曜日は暑いくらいの良いお天気で、途中の車窓から桜見物。日本海も見えてご機嫌。叔母と会って、一緒に父のところに行くのが一番大事な用事でしたので、それが済んだらお花見かな、と内心楽しみにしていましたが、3日の晩から高岡は雨。ちょっと残念でした。
4日はいきなり冬に戻ったかと思うくらい寒かった

 

2016/04/04

だれの子どもも殺させない

4月2日(土)

 あたたかな春の日に、市内の市立保育園では新しく通う子どもたちを迎える「入園式」が行なわれました。今年も近所で、わが家の子どもたちがお世話になっていた南加茂台保育園に行ってきました。
 おうちの人に連れられて0〜5歳児までの子どもたちが初めて通う保育園に来るので、卒園式と違い、結構泣いたりうろちょろしたり、また親子からの緊張感が伝わってきます。月曜日から「嫌や〜」と泣き出す子も多いんだろうな、と思いながら見ていました。親子ともに不安と期待の入り交じった入園式です。

 午後からは精華町で「戦争あかんで!相楽ネット」主催の勉強会に行ってきました。あすわか(明日の自由を守る若手弁護士の会)の高木弁護士を講師に自民党憲法草案の学習会です。
 以前にも触れた事があったと思いますが、自民党が作ろうとしている憲法は誤った戦争へと進んで行った土台となった「大日本帝国憲法」が基本となっています。天皇が元首、国民は国のためにいる、国防軍を持つ、などなど。知れば知るほど国民のためになにをしたいんだろう、と考えてしまいます。

 午前中、しっかりとお母さんやお父さんの手を握り嬉しそうにしている子どもたちを見ていました。あの子たちを含め、世界中の「だれの子どもも殺させない」を実践していくためにも、夏の参院選やそれまでの補選などで「野党共闘」を進めていくことを改めて誓いました。
 京都選挙区では正義の若手弁護士大河原としたかさんを、みなさんぜひ応援して下さい。